女の表情が、凍りつく。

 己がさらに失言を重ねたことに気づいたイオキは、いっそう混乱して、立ち上がった。女が怯えたように、後退る。

「あんた、墓から死体を盗って、食べたんだね」

 イオキの唇が、震えた。

 生まれて初めて間近に接した、人間の死。或る親子の、終焉。己を養ってくれた者の、欺瞞。身に覚えの無い、罪。

 正直に言えば良い。テッソが墓を暴き、死体の心臓をドニに食べさせていたのだと。しかし言えない。短い期間ではあれ、己を養ってくれた、 恩があるから? あまりにも親子が哀れだったから? どうせ言ったところで、信じてはもらえぬから?  分からない。自分がテッソに恩を感じているのか、ドニを哀れんでいるのか、それとも町の住人に怒りを覚えているのか。

 ただ、たった一つ、確かに言えることがある。

 それは、自分がグールだと言うこと。何百という人間を食べて生きてきた、人喰鬼だと言うこと。

 唇は開かず、代わりに今にも折れてしまいそうな体を弾かせ、イオキは、台所の入り口に向かって走った。女の横をすり抜けようとしてぶつかり、 悲鳴が上がる。拍子にオルムランプが床に落ち、ガラス球は粉々に割れた。水と共に床に転がったオルム晶石は、 空気に触れてたちまち輝きを失い、ただの紅玉の原石に戻った。

 イオキは階段を駆け下り、教室を突っ切り、外へ飛び出した。地中のオルム晶石が仄かに輝きだした、町へ。

 闇に向かって駆ける背中を、女の声が追いかけてくる。

「誰かその子を捕まえて! 狼頭の被り物も、血がついた浴衣も、爺さんの持ってたオルムランプもあった! その子がやったんだ! その子が、墓から死体を盗って、喰ったんだ!」

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