彼らの中でもとりわけ、テクラは身が軽かった。

 彼はまるで猫のように、赤い行列を横目に見ながら、屋根の上を駆けた。
 天辺目指して階段を上っていく人々は、松明の明かりと周囲の激情に目が眩み、巨大な野良猫が闇を疾走するのにも気がつかない。
 テクラはほとんど立ち止まることなく進む。出しっぱなしの物干し綱の上を歩き、アンテナを足がかりにして急な傾斜を上り、 時には路地を挟んだ家同士の屋根から屋根へ、数メートル以上飛ぶ。

「……おい、ちょっと待てってば!」

 やがてヒヨの怒鳴り声が遥か後ろから聞こえ、物見櫓から民家の屋根へ飛び移ろうとしていたテクラは、反射的に急ブレーキをかけた。 拍子に、火事を知らせる鉦を肘で押してしまい、抑えながら急いで振り向くと、トマたち三人は、まだ遥か後方にいる。いつの間にか、 随分三人を引き離してしまったことに、テクラは気づいた。

「さっさと先行くんじゃねーよ! あたしたちは、あんたほど身が軽くないんだから!」

 誰かに聞こえる危険も顧みず、ヒヨは苛立たしげに怒鳴る。テクラは急いで引き返そうとしたが、先頭のトマが首を振るのを見て、 足を止めた。

 先へ行け。と、トマは手で合図する。先に行って、先頭の様子を見て来い。もし、すでにイオキが危害を加えられているようなら、 保護しろ。そうでなければ、待機しろ。

 テクラは大きく頷くと、腐りかけている物見櫓の手摺を蹴って飛び、隣の屋根の庇にぶら下がった。そのまま、勢い良く体を回転させて 屋根の上に飛び上がると、さらに速度を上げ、町の頂上目指して走り出した。

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