洞窟の中に足を踏み入れた途端、世界は一変した。

 地中に含まれたオルム晶石が、上下左右、そして中央の湖から、発光している。暗い洞窟の全方向に、眩い七色の粒が、 無数に輝いている。 それは、刹那、重力の感覚さえ失うほどの、美しい地上の宇宙だ。

 しかし呼吸と汗、熱、そして緊張で飽和状態になったテクラの体に、幻想的な光景が入り込む隙間など無かった。 同時に頭は、洞窟を満たす空気と同じくらい、冷たく、冴えていた。

 テクラの瞳は一瞬で、洞窟内の構造を把握した。
 中央の湖、そこへ外からの水を引き込む巨大なパイプ。石を選別する為の貯水槽に、 プレハブの休憩小屋。
 自分が何処に身を隠し、また、敵が何処に身を隠すか。

 と、次の瞬間、目星をつけたまさにその岩陰から、ザネリが姿を現した。テクラは力を篭めて、ナイフを突き出した。

 コートの裾が翻り、トレンチナイフが閃く。サバイバルナイフとトレンチナイフがぶつかる音が、カーンと洞窟内に響く。 お互い、ぶつかっては飛び退き、地面の凹凸を蹴り、相手の懐へ回り込もうとする。岩陰から岩陰へ、自在に身を隠し、 屋根の上の踊る猫のように、洞窟内を縦横無尽に駆ける。

 冷静に、冷静に。

 目まぐるしく変わる視界とは対照的に、テクラの頭は、深みに潜む魚のごとく落ち着いている。その中で、かつての師の言葉が巡る。

 次は右足を一歩前へ。体を捻って、ナイフを逆手に変えて。そら、その隙は、こちらを誘う為だ。乗せられるな。一度間合いを取って、 投擲で牽制して。

「……僕は、あなたに感謝しています」

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