ナイフの切っ先でザネリの左腕を切り裂くのと同時に、テクラの唇から、言葉が零れた。

「アンダートレインの天辺から飛び降りようとしていた僕を、止めてくれたこと。生きていく術を教えてくれたこと。 ナイフの扱い方を教えてくれたこと」

 ザネリは唇の端を歪ませ、注水用の巨大なパイプの上へ、階段を使って駆け上がった。テクラも後を追って駆け上がり、狭く、不安定な足場の上で、 直線状の攻防が始まった。

 今度はこちらのシャツの襟元が切れ、鎖骨の上、頚動脈ぎりぎりのところに赤い直線が走る。 テクラは怯むことなく、相手のナイフの通過に合わせて体を半回転させ、懐に入った。咄嗟に体を捻って避けようとするザネリの腹部へ、 冷静に、ナイフを突き刺す。まるで一陣の風のように、全てがほとんど一瞬に見える速さで。

「あなたがいなければ、今、こうして僕はここにいられなかった」

 ザネリの口から、ごぽっと血が零れる。

 テクラはナイフを引いた。大丈夫。致命傷ではない。

 口から血を流しながらも、ザネリはトレンチナイフを持つ手を翻した。錐のような切っ先がうなじを突き刺す直前、テクラは相手の脛を 蹴りつけ、後ろへ飛び退いた。

 ザネリはその場に膝をつき、数歩大きく後ろへ退いて七色に光る水の上空に立ったテクラは、大きな声で言った。

「だから、退いてください。イオキ様のことは、諦めてください。僕はあなたを、殺したくないんです」

 その声は、鉱物の宇宙に、深く深く反響した。

 息が震える。体のあちこちに出来た切り傷、打ち傷が、熱い。太く無骨なナイフを右手へ移し変えると、 左手はすっかり強張ってしまっている。

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