かつては、こんな風に命懸けでこの人と対戦することになろうとは、夢にも思わなかった。まして、こうして、 膝をつかせるとは。

「……お前をあの時止めたのは、お前を『商品』にする為だ」

 ザネリは膝をつき、顔を伏せたまま、微かに肩をすくめた。

「売り飛ばすまでの暇潰しに、少しばかり色々教えたら、思った以上に筋が良かったから、そのまま仕事を手伝わせた。それだけのことさ。 別に、お前の将来の為に、お前を助けたわけじゃない」

 随分と弱々しい声だ。息遣いも荒い。こんな風に語るのは、体力回復の為の時間稼ぎか。
 良いだろう。付き合ってやる。強張った左手をゆっくり握ったり閉じたりしながら、テクラは静かに答えた。

「分かってます。あなたがそうやって、言葉巧みに惑わして、次々に子供や大人を売り捌いていくのを、僕は側で見ていたんですから」

 テクラは足元のパイプのさらに下、虹色に揺らめく水面へ、目を落とした。紅玉や青玉、緑柱石や紫水晶の輝きが、その、 子供のような顔に映る。

「……あの頃は、仕方ないって思ってた。僕やあなたみたいな人間には、こういう生き方しかないんだって。
 でも今は違う。罪を許されて、こうして国や人の為に役立つ仕事を与えられている。そういう風に生きることも、出来る」

 自然と、足が前へ出る。続いて、二歩、三歩と。

「こんなこと、もう止めましょうよ。ミト様や周りの人間が、どれほどイオキ様のことを心配しているか。イオキ様自身だって、 どんなに心細いか。イオキ様だけじゃない。あなたや僕が売り捌いてきた人間、皆、皆」

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