「すっかり、軍の教えに染まったな」

 余裕綽々に笑いながら、ザネリは言った。
 その声を聞いたテクラは、自分がまんまと騙されたことに気がついた。否、 騙されたと言う程のものではない。自分のこの性質を、利用されたのだ。

 片腕にかかる全身の重さに耐えながら、テクラは唇を噛み締めた。愚かな己に対する怒り、完全に形勢逆転された焦りで、 全身から火のような汗が噴き出す。汗は、すっかりぼろぼろになったシャツの下を伝い、七色の指輪を嵌めた水の両手へ、 落ちていく。

「まあ、お前は元々、そういう奴だった。世の中の多くの人間と同じ、常に良心に苛まれる人間。だからこそ、 あの悪の巣窟から飛び降りようとしたし、逮捕された時も、更正を期待されて死刑を免れた」

 ザネリはゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
 手を離せば、湖へまっさかさま。しかし、すでに体は疲弊しきっていて、例え右手のナイフを口にくわえても、パイプの上へは戻れそうにもない。

 何とかこの状況を打破する道を探して、テクラは四方へ目を走らせた。すると斜め下に、さらに太い排水用のパイプが走っているのが、 見えた。 あそこに飛び移れるかもしれない。一瞬で決断すると、テクラは腹筋と左腕に力を入れ、息を吸い込んだ。

「しかし、軍に入って腕は上がったが、頭は悪くなったようだな。私があんな、幼稚な説得を聞き入れると、本気で思ったのか?」

 足音が止まった。テクラは思わず、上を見上げた。

 左手の向こうから、いつもと変わらぬ穏やかな表情のザネリが、こちらを覗き込んでいた。

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