床板越しに様子を聞いていたイオキは、思わずびくっとした。

 先生、苛立っている。拍子に激しく咳き込みながら、イオキは思った。
 階下では、息を呑んだ子供たちが、泣き出した子供たちが、一斉に教室から逃げていく。テッソは引き止めもしない。

 酷い。あんなこと言うなんて。怖い。ああ、階段を上がって、こっちにやってくる。

 テッソは早足に部屋へ入ってくると、まっすぐにこちらへ向かってきた。咳が止まらないイオキを押しのけるようにしてベッドの脇に 膝をつき、ドニの胸に耳をつけた。そしてしばらく、心臓と肺の音を聞いていたが、やがて顔色を変え、立ち上がった。

「弱ってる」

 そう呟くと、イオキの肩を掴み、恐ろしい顔で言う。

「何故、きちんと診ていなかった?」

 痛い。
 掴まれた肩の痛みと息の苦しさで、イオキの目に涙が浮かぶ。弁解したいが、恐怖と苦痛で言葉が出ない。

 テッソはイオキを突き飛ばすと、半ば駆けるように、流し台へ向かった。イオキは床に倒れ、床がギシギシ軋むのを感じながら、思い切り 咳き込んだ。喉が裂けるような痛みがあり、気持ち悪い何かがこみ上げてきたので、吐いた。口元にやった手を見下ろすと、 小さな赤い塊がべったり付いていた。

 イオキはハアハア言いながら、台所に立つテッソの後ろ姿を見つめた。テッソは何か呟きながら、冷蔵庫から血の染み出した包みを取り出し、 中身を切り分けようとしている。

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