このままでは、駄目だ。
 扉が蹴破られるのを予感したイオキは、今にも爛れ落ちそうな骨を、肉を、皮を引き摺って、立ち上がった。

「鬼子。私にはあんたたちの方が、よほど恐ろしい鬼に見える」

 老婆の淡々とした声は、怒号や叫びの上を吹き渡るように、響いた。

「互いの頭に油を注ぎ合って踊る、醜い鬼だ。本当に、心の底からあの子が犯人だと思っているのか。よしんば犯人だったとして、 こんな行いが果たして正しいのか。
己の内なる水辺に顔を映してみたか。松明の明かりに目を潰され、囃子が聞こえる方へ進んでいるだけではないのか」

 板の間の奥に上へ上る階段を見つけ、イオキは這い上った。 階段を上がった先は、屋根裏のような場所だった。祭りに使われる花輪や大きな張り子の動物が、塵埃舞う暗闇の中に 無造作に並べられている。咳き込むたび、肋骨が折れそうになる。腕で胸を庇うようにしながら、イオキは 窓のところまで行き、外を見下ろした。

 社はぐるりと、炎の帯に囲まれていた。巫女の気迫に押され、中へ踏み込んでくる気配こそないが、 「鬼子を殺せ!」と言う叫びはますます大きくなり、収まりそうもない。

「殺せ、殺せ! 人喰いの鬼子を殺せ!」

 イオキは長い息を吐き出すと、そのまま窓枠に頭をもたせた。

 もはや下半身に感覚は無く、腕は震え、自分が目を開けているのか閉じているのかも、定かでなかった。

 熱と疲労で頭が朦朧とし、何も考えられない。 何も分からない。自分が何故逃げているのか、何処へ逃げようとしているのか。生きいける場所など何処にも無いと分かっていて、 それでもなお、足掻くのか。


 そのままイオキは、気を失った。

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