――血の匂いがする。巨大な芋虫のように膨れ上がったドニと、その傍らに膝をつくテッソが 見える。
 イオキは彼らから少し離れた場所に立ち、ぼんやり彼らを眺めていた。
 深く頭を垂れたテッソの唇が、絶え間なく 呟き続けていた。

「例え誰からも愛されなくても、全てを奪われ、牢に繋がれようとも、自分が自分であることを誇りましょう。 自分が自分として生きていられるこの一瞬を、喜びましょう。そういう気持ちさえあれば、私たちは未来永劫、幸福です」


 どうしようもないんだ。


 と、優しい大きな手が、ふわりと目を覆った。

 清潔な皮膚の香り、深く眠れる獣のような香り。
 懐かしい声が、耳元で響く。

 姿は見えなくとも、分からないわけがない。この、果てしなく穏やかな波に揺られるような感覚。生まれてからずっと、己を包んできた、 無限の愛情。

 ああ、とイオキの口から、言葉にならない声が漏れる。
 雨上がりの森に滴る雫のような涙が、瞳に溢れる。

「どれだけ戦っても、どれだけ抗っても、辿り着けない場所がある。 ほんの小さなことでも、自分自身のことですら、変えられないことがある。 僕たちはそういう風に、出来ているんだ」

 ミトは優しく続けた。


 だから、帰ってきなさい。
 キリエを迎えに寄越したから。


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