「世界の皆が、僕の敵なわけじゃない。僕のこと、助けてくれた人だって、沢山いた」

 イオキは、張り詰めた糸のように震える声で、言った。

 海から引き揚げてくれた漁師。採掘場から家まで送ってくれた警官。純粋な善意からではなかったかもしれないが、 ユーリは僕にご飯を作ってくれた。テッソ先生は家に置いてくれた。この服だって、この町の子供たちの物。そして――
 イオキは、地上から沸き上がってくる憎悪の声を、背中で聞く。
 ――こうして社を取り囲んだ人々を止めてくれている、この社の巫女。自分とは面識もないのに、 自分が無実であるという確証だってないのに。

「それは、君の正体を知らないからだろう」

 ザネリは鼻で笑う。しかし、イオキは固く握った拳を、開かなかった。

 違う。仮に僕の正体を知った全ての人々から笑みが消え、嫌悪と恐怖の表情に変わっても、絶対に絶対に愛してくれる人間が、 たった一人だけいる。
 伸ばされる、雪のように白い腕。こちらを見つめる、真紅の瞳。


 ――キリエ。


 ザネリは肩をすくめると、いかにも話にはもう飽きたと言う風に、ナイフを無造作に取り出し、投げた。

 薄い投擲用のナイフは、イオキの、すっかり鎖骨が浮き出た肩に突き刺さった。イオキは悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。 蛇の像の裏、十字の谷間で丸くなるイオキに向かい、次のナイフを手の中に出現させながら、ザネリは悠々と歩き出す。

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