激痛に悶えるイオキの目の前に、それ程古くないが傷みの目立つ革靴が、立った。続いて、ナイフによる切り傷とタコに覆われた、 骨ばった手が、睫毛の先に。

 イオキはぎゅっと目を瞑った。拍子に、涙が零れた。痛みからか、恐怖からか、それとも悔しさからか――

 分からぬままに、イオキは、ザネリの呻き声を聞いた。

 同時に、暖かい、濃い鉄錆の匂いがする液体が、 降りかかった。驚いて、イオキは目を開けた。覆いかぶさるように間近になったザネリの 顔は、飄々とした表情から一転、苦しげに歪んでいた。その背後で、白刃が閃いた。 呆然とするイオキを置いて、ザネリは横へ飛んだ。

 ほんの一瞬遅れ、ザネリがいた空間を、三日月のような刃が薙ぐ。
 その後ろに、褐色の肌の、見上げるような美丈夫が立っているのを、イオキは見た。

「……お迎えに上がりました。イオキ様」

 青年は冷たい目でイオキを見下ろし、そう言った。

 だが次の瞬間、その瞳は激しい憎悪に彩られ、ザネリへ逸らされた。

「しかし、先ずは、お前を殺してからだ」

 半月刀の最初の一撃で背中を深く刺されたザネリは、コートに大きな赤い染みを作りながらも、すでに十字の木を乗り越え、屋根の勾配を 転がり落ちていた。青年はすぐさま、後を追った。
 イオキは痛みで痙攣する肩を庇いながら、十字の間から下を覗き込んだ。一度、二度、白刃が舞い、 二人はもつれ合うようにして屋根を転がり落ちていく。

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