深々とトレンチナイフの切っ先が筋肉に埋まり、顔を歪めながら、ユタは思わず、屋根の上のイオキへ視線を走らせた。 その隙に彼の腹を蹴り、ヒヨは、トレンチナイフに心臓の上を刺されながらも、真っ赤な右腕をぶら下げて脱出する。 そして、残った左腕で、ザネリの額へ銃口を向ける。

「グレオ、ヒヨに加勢しろ!」

 その様子を見たトマは、群集の真ん中で、グレオに向かって叫んだ。

「俺はイオキを保護する!」

 頷いてヒヨの救出に向かうグレオとは反対方向に、トマは群集を掻き分けた。
 いつの間にか本殿の扉は破られ、男たちが中へ雪崩れ込んでいる。その脇に、彼らを止められなかった巫女が、崩れ落ちている。 トマは急いで彼女の元に駆け寄り、抱き起こした。

 この町の者を殺人犯にしたくないのです、と、警官姿のトマを認めると、老婆は絶え絶えな声で呟いた。トマは黙って頷き、 彼女を抱いたまま、社の屋根を見上げた。

 十字架に絡みついた蛇が、こちらを見下ろしている。そしてその鱗に足を乗せ、イオキが。

 緩やかに広がった裾と袖口を熱気で膨らませ、緑色の瞳を禍々しい程光らせ、無表情の顔を血塗れにして。
 まるで、奈落に這いつくばる畜生共を見下ろす、地獄の王のように。

 その背後へ、人々が迫る。トマは老婆をその場に横たえると、ゆっくり制服のポケットから大型の拳銃を取り出し、先頭の人間に狙いをつけた。

 しかしその指が引き金を引く寸前、イオキは飛び降りた。
 遥か奈落、絶望と死の炎が待つ、地上へ。

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