ダン、と包丁を振り下ろした拍子に飛んだ血が、テッソの頬に、付いた。

 イオキは身動き出来なかった。何か言いたいのに、言葉が出てこなかった。

 テッソは、雑に切り分けた肉を沸騰した鍋に放り込むと、 味付けもそこそこに、掻き混ぜ始めた。 湯気に肉の香りが混ざるにつれ、イオキの意識は朦朧とし、それが熱のせいなのか、肉の香りの せいなのか、分からなくなっていく。


『どうして?』

 と、麻痺したような頭で、イオキは呟いた。


 その震える声は暗闇を抜け、墓場に響き渡った。


 イオキは藍色の浴衣に狼の頭を被り、暗い墓場に立っていた。
 視線の先には、死んだように倒れて動かない、四人の男。
 そして真っ黒の浴衣を着て、大きなシャベルを手にした、テッソが。

 次々と男たちを殴り倒したテッソは、静かにシャベルを下げ、しばらく男たちを見下ろしていたが、やがてゆっくりとイオキの方へ 振り返った。
 その表情には、焦りも混乱もなかった。ただ何か考えあぐねるように、イオキを見つめたまま黙っていた。

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