と、オルムランプが作り出す赤い空間の中、老人の背後に影が揺らめいた。

 危ない、と声を上げる間もなかった。

 老人の胸に、白刃の先端がギラリと光った。背後から刺された老人は、胸と背中から大量の血を流しながら、こちらへ前のめりに倒れてきた。

 ぶつかられた拍子に手に触れた林檎を、咄嗟に握りしめたまま、イオキは立ち尽くした。
 狼頭の内側で己の涙、汗、息が凝り、窒息しそうだった。
 イオキはクラゲのようになった手で狼頭の被り物を取り、地面に伏した老人を見下ろした。脈を取らずとも、目を見開いたまま動かない彼が、 死んでいるのは明らかだった。イオキは長いこと死体を眺めた後、その後ろに立つ人物の方へ、顔を上げた。


 死体を解体するのに使った肉切り包丁を片手に、鮮血に染まる、テッソを。


「待って」

 包丁を脇によけ、テッソが完成したスープを皿に移すのを見て、イオキは叫ぶ。

 あれは、あの老人の肉だ。葬式の直後に墓を暴かれ、ミドガルドオルムが封鎖されるきっかけになった、肉。

 最初から分かっていた。時々ドニの食べるスープに、人肉の香りがすること。テッソが、夜中、家を抜け出すこと。自分が町にやってきた のと同時期に、墓場荒らしが始まった、と言う噂も。

 けれど、まさか、と思っていた。人間が人間を食べるなんて、そんなことあるわけない、と思っていた。 だからあの夜、祭りに行ったフリをして、テッソの後をつけた。

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