コジマはゆっくりと振り返った。のろのろと、緩慢に。まるで、留めようもない時の流れに抵抗するかのように。

「どうしてそんなことが、あり得るでしょうか」

 鳥たちが五月蝿く鳴き交わす中、コジマは優しい表情で微笑んだ。

「確かに世の中には、自らが捕食対象であるにも関わらず、グールに心を奪われる人間も沢山います。けれどそれは、あなたたちグールが 生まれつき、餌である人間を惹きつける要素を具えているからですわ。あなた方は人間の同情と憧憬を誘い、狩りをし易くする為に、 そういう魅力的な容姿をしているに過ぎません」

 淡々と、彼女は続ける。

「どれだけ外見が似通っていても、私たち本質的に異種族。喰うものと喰われるもの。 獣と人間が恋をしないように、私たちの間にも愛情は生まれない。それが有ると言うのなら、それは勘違いか、異常な愛情です」

 ミトの目蓋の裏に、一瞬、銀色の後姿が映る。

 分かっているではないか、とミトは思った。
 やはり彼女は、賢い。哀しいまでに。この世の理を、正しく理解している。

 しかしそれなら、何故。

「そう…… 妙なことを聞いた。すまない」

 ミトはそう言うと、顎を引き、首元のスカーフに軽く触れた。

「だが君は、あの晩、僕の前に現れなかったね」

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