「……あの子はどうする気だ、兄さん」

 そうすればこちらに聞こえていないと思っているのか、荷馬車の音にかき消されるような低い低い声で、オリザが話している。

「どこまで一緒に連れて行く気だ?」

「途中で放り出して、我々のことを誰かに喋られても困る」

 もっと低い声で、兄は―― 禰茂(ネモ)、と一度だけオリザが名前を呼んでいた―― 答える。
 きっと、今も本を読んでいるに違いない。この三日間、彼は無精髭を伸ばしたまま、 暇さえあれば縁の歪んだ眼鏡をかけ、本を読んでいた。

「向こうに着いたら、計画と一緒に始末するしかないな」

 と、ネモは事務的に呟いた。

 さて困った。
 レインは他人事のように、そう思った。

 元々、彼らとどこまでも行く気はなかった。原生林の中で助けてくれたのは有難かったが、その後はどんどんワルハラから遠ざかってしまうし、 それに、彼らの良かならぬ気配には、とっくに気がついていた。

 ただ、彼らにはいつも監視されていたし、この田舎で逃げ出したところで、 また遭難するのは目に見えていた。
 フォギィ・ブルーとやらに着いたら隙を見て逃げよう、とレインが心に決めた時、不意に馬車が大きく揺れた。

 レインは御者台から落ちそうになり、思わず老人の膝に掴まった。老人はいななく馬の手綱を引きながら、真っ青な顔で叫んだ。

「狼だ!」

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