揺れる御者台に顎を強か打ちつけながら、レインは道の右側から、灰色の狼が何頭も飛び出してくるのを見た。

 図鑑の中でしか見たことがない、灰色の硬い毛並み、獰猛な顔つき。黄色い瞳を光らせ、狼たちはこちらへ猛然と走ってくる。

「くそ、街まで後少しだってのに!」

 老人は力の限り手綱を引き、何とか馬車の体勢を立て直そうとした。同時に荷台ではオリザが立ち上がり、使骸の手首を外して、 狼たちに向けて発砲した。
 しかし、揺れる荷台の上でバランスを取りながらでは、さしものオリザもなかなか標的に命中させることが出来ない。 三頭の狼が銃弾に当たり、もんどりうって倒れたが、すぐに起き上がる。馬車はもう、横転寸前だ。

 数十秒後、馬車はとうとう横転し、御者台にうずくまっていたレインは投げ出され、地面に転がった。

 衝撃で呼吸が止まるが、のんびり寝ている場合ではない。

 レインが急いで起き上がると、荷台に半分潰されてもがく馬と、散乱した林檎の中から起き上がろうとしているネモ、そして双方を狙う狼の姿が、 視界に飛び込んできた。

 レインは迷わず、馬の前に走った。

 二頭の狼が、こちらへ踊りかかる。遠目には、メグロ邸の犬とさほど変わらないように思えたのに、こうして間近に見ると、二倍も大きい。 二倍も恐ろしい。顔つきが全く違う。左手を失った時、鉄条網越しに見た、あの顔と同じだ。

 レインは馬の前に両手を広げて立ち、ぎゅっと目を瞑った。彼らの熱い、生臭い息が、顔に触れた。そして、パチン、と空気の裂ける音を聞いた。

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