「分かった。分かったから、落ち着け」

 ノキヤたちが話している傍ら、レインは自分がどうやら動けそうであることを確認すると、ゆっくり立ち上がり、狼の死体を見下ろした。
 見開いたままの空ろな目、鋭い牙の間から垂れた血と泡、まだ濡れている黒い鼻。
 それらを長いこと眺めてから、レインは老人の元へ行った。

 辺りには真っ赤な林檎が宝石のように散乱し、爽やかな香りが充満していた。現実離れした光景の中で、老人は馬の側にしゃがみこみ、 掠れた声で話しかけていた。

「苦しいか? 可哀想に、すまねえなあ」

 横向きに倒れてもがく馬を、レインが助け起こそうと近づくと、「よせ」と老人は首を振った。

「下手に近づくとこっちが下敷きになる。それにあいつは足を折っちまった。もう助からねえ」

 レインは悲しい気持ちで立ち尽くした。
 「ありがとうな」と老人は鼻水をすすった。

 と、次の瞬間、老人の体に鞭が巻きついた。老人は声を上げる間もなく宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 咄嗟にレインは何が起こったか分からず、ぽかんとしていたが、ようやくオリザの叫び声を聞いて、彼が狼たちと同じように動かなくなったことに気がついた。

「何をするんだ!」

「ノキヤのこれを見られた」

 ノキヤの横に立ったネモが、平然と言う。

「誰かに話されでもしたら、我々の計画が頓挫する」

 身も凍るような視線が、ゆっくりとレインへ移動する。

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