「そいつも殺せ。ノキヤ」

 まだ顎の辺りに幼さの残るノキヤの顔が、強張った。

 僅かな躊躇いの後、彼の小さな左手が、動いた。

「やめろ、ノキヤ!」

 咄嗟にオリザは叫び、レインの前に立ちはだかった。ややぬるい速度で飛びかかった鞭が、オリザの使骸の腕に巻きつき、 ノキヤはびくっと身を引いた。

「老人はともかく、こんな子供を殺すなんて、正気か?」

「子供だろうが、我々の計画を脅かす存在であることは、変わりない」

 オリザは狼のような表情で、兄と、ノキヤを睨みつけた。

「この子は私が責任を持って何とかする。だから、手を出すな」

 その視線に気圧されたように、しかし、どこかほっとしたような雰囲気で、ノキヤが力なく鞭を下ろす。ネモは不愉快な表情を隠そうともせず、 じっと妹を見つめた。

 気詰まりな沈黙が続きそうになったその時、ノキヤが現れた道の脇から、一台のワゴン車が騒々しい音を立てて現れた。ネモとノキヤを 轢き殺しそうになる寸前で停止し、運転席の窓が開く。

「いやあ、すまんすまん。ノキヤ、無事か?」

 そう言って、太陽のように屈託のない笑顔を出したのは、一人の若者だった。冬だと言うのに鼻の頭は日焼けして擦り剥け、 その周りにはソバカスが散っている。薄手のシャツの下は一見細身だが、短いマフラーを巻いた首の辺りは筋肉が硬く盛り上がっている。 その姿を見たレインは、セムやセムの父親を連想した。

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