「いずれにせよ、あの国にいて良いことは一つもない」

 タキオはきっぱり断言すると、紙の束を掴み、ジャンパーの内側に押し込んだ。

「一刻も早く、あいつを助けに行ってやらねーと」

 まだカレーが残っているオズマを置いて、タキオは立ち上がる。「おい、待てよ」と慌てるオズマを残し、二階から降りる。 自分の分を清算し、外に出ると、途端に冷たい雪が顔に降りつける。

 アンブル。アンブルか。
 レインが無事なのは、喜ばしいことだ。
 しかし、よりによってと言うか、案の定、アンブルにいるとは。

 己の生まれ育った国だが、あの国に生まれて良かったと思えた出来事は、一度もない。

 唯一つ、一人の友を得たことを除いては。

 ジャンパーのポケットに両手を突っ込み、雪の中を早足に歩いていくと、一枚の新聞が、半ば雪に埋もれるようにして石畳の上に落ちているのが、目に留まった。 周囲の人間が目もくれず通り過ぎていく中、タキオは腰を屈め、すっかりびちょびちょのそれを拾った。

 今日の日付の、ワルハラ日報だった。買った人間は、スポーツ面だけ読んで捨てたのだろう。一番上のスポーツ面から、 濡れて透けた紙を通して、下の記事が読めた。


『柔らかな牙を取り戻せ――グール支配体制から、我々は如何にして脱却すべきか―― 文責・サムサゲ・ニルノ』


 タキオは思わず顔を上げ、周囲に懐かしい友の姿を探した。

 白い雪の向こうに、黒い電線の下に、オレンジ色の路面電車の中に、 はたまた色とりどりの傘に紛れて、ニルノがいないか。あの洒落た縁の眼鏡、整えた髪、何の悩みもなさそうな血色の良い顔が、 見えやしないか――

 しかし、彼のあの屈託のない笑顔は、どこにもなかった。
 彼もまた、剣の代わりにペンを握り、どこかで戦い続けていると言う 証だけが、機械の掌の中で揺れていた。

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