ゼエゼエ、ハアハア、と耳障りな息遣いが、耳当ての内側に反響する。マフラーの下は蒸気が篭もっているのに、 ニキビの潰れた頬は、器物のように冷たく乾燥している。眼下の景色は絶景だが、余所見をしている暇はない。うっかり足を踏み外せば、 鬱蒼と生い茂る枝葉のトンネルを突き破り、遥か何キロメートル下の地上へまっ逆さまである。

 腕がだるい。貧弱な体に薄汚れた迷彩柄のモッズコートを着た若者は、ちょっと立ち止まり、 慎重に袋から手を離すと、ゴーグル型のサングラスを外した。

 アリオは、自分の背丈の半分程もある重い袋を引きずり、苔が逆巻くオーツの幹を上っていた。

 ワルハラ第二都市に酸素を供給する超大樹の幹は、地上からの高さが半分を過ぎても、車二台が優にすれ違える程の広さがある。 冬でも落ちることを知らない葉は、大人の顔程もあり、ジャングルのように枝に茂っている。 しょっちゅう苔で滑ったり、捲れた樹皮に足を取られたりしなければ、山道を歩いているのかと錯覚する程だ。 だが、上っていくに連れ、傾斜が急になっていくので、決して楽な道ではない。特に、こんな大荷物を抱えていては。

「全く、嫌んなっちゃうよ」

 アリオは幹の瘤に寄りかかると、登山用ブーツで、弱々しく足元の袋を蹴った。

「復讐って言うのも、一苦労だ」

 丈夫な帆布の袋は、ぐんにゃりと弾んだまま、無言だった。

--------------------------------------------------
[909]



/ / top
inserted by FC2 system