名前以外は出身地も身の上も分からない。 シナイ山麓の私有飛行場でロミが発見し、タキオが地元の病院に連れて行こうとした時も、 「放っといて」の一点張りだった。

 彼を見た飛行場の持ち主は眉を顰め、つい先日起きたばかりのミドガルドオルムの事件に関係があるのではないか、と呟いた。 一人子供が行方不明になっていると言う噂だ。エイゴン秘密警察がその行方を追っている、とも。

 どう見ても、何か厄介事を抱えている。関わらない方が良い。その目はそう言っていたが、ロミには彼を見捨てるなど、到底出来なかった。 厄介事など、今更だ。このまま放っておいたら、死んでしまうかも知れない。そう訴えると、タキオは呆れたようにため息をついた。 しかし結局は彼も、今にも死にそうな子供を見捨ててはおけない性格だった。

 「お前ら、自分の立場分かってんのか?」 とオズマには散々揶揄されたが、二人は決意を変えなかった。飛行の予定を延長し、画家のアトリエで、 動けるようになるまで面倒を見た。イオキはほとんど食べ物を口にしなかったが、にも関わらず、人間とは思えない 回復力で、じきに一人で歩けるようになった。

 その間、イオキはほとんど口を利かなかった。大きな表情の変化も、滅多に見せなかった。生気を失った緑色の瞳で、 細い四肢を力無く投げ出す様は、まるで人形のようだった。


 しかし今、紅茶の甘い香りの中でイオキの方を見たロミは、驚いた。

 イオキは大きく目を見開き、薄い唇を戦慄かせていた。

 視線の先には、チェストに飾られた写真がある。 白黒の画面の中で、ルツやマリサと共に、無表情のレインが、使鎧の左手でVサインをしている、写真が。

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