「僕は殺して、食べますよ。何年共に過ごした学友だろうが、忠実な部下だろうが、大切な国民だろうが。 そうすることに何の抵抗もないし、感情も湧かない。肉や野菜を食べるのと同じ。
 何故なら僕たちは人喰鬼で、人間ではないからです。例えどれだけ人間に近づこうしたって、彼らとの融和を図ろうとしたって、 食べる者と食べられる者の構図は変わらない。『人間農場』を作り、安寧の箱庭を与えたところで、 その翼の陰で人間は、天敵を滅ぼす機会を待ち続ける。
 ならば結局は、 ヒューゴたちのように圧倒的暴力で支配する方法が、最も合理的ですよ。旅人のコートを難無く剥ぎ取るだけの北風を持っているなら、 元から持っていない太陽を、わざわざ作り出す必要もないでしょう?

 こんなこと、釈迦に説法だとは思いますけれどね。僕は不思議で仕方ないんです。 僕たちの中でも最も力があり、最も賢い父さんが、 どうしていつまでも、無意味な誠心を人間に尽くし続けるのか。そもそもそんな偽りの誠心が、あなたの人生の何処で、 どういう理由で発生したのか。
 僕は本当に、ノキヤを殺しても、何とも思わなかったのに」



『そんなの無理よ。何故そんな、悲劇の種を育てるようなことをするの?』



 ――けれど、そもそもどうして、そのような考え方をするに至ったのですか? 一体誰から、そのような考え方を教わったのですか?――



 海のように青い蝶が、真っ赤な掌の中で羽ばたく。記憶の欠片だけを残し、遠く海の彼方に、かつての幼い獣は沈められた。

 長い長い腕が、ミトの方へ伸びてくる。

 逢魔ヶ刻の人攫い。
 目覚めよと、呼ぶ声が聞こえ。

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