ほんの一瞬、色づいたのは、普段は思い出すほどの思い出もない、平凡な幼少時代だ。 アンブルに生まれ、グールの影に脅かされながらも、平和だった子供時代。

 そこへ、激しい頭痛が、鮮血のように滴る。

 生まれてからずっとその痛みは、タキオと共にあった。
 幼い頃は、頭が破裂するような激痛に耐え切れず、床を転げ回って泣き叫んだ。 その度に周囲の人々は、何とかして彼を助けてくれようとした。しかし、悪魔に取り憑かれたような勢いでのたうち回り続けるのを見ると、 次第に恐れて寄り付かなくなった。両親ですら。彼は歯を食いしばり、周囲を怯えさせないようにする術を、一人で学ばなくてはならなかった。

 彼を外界から隔絶したその痛みの原因は、両親がどんな医者に診せても分からなかった。 しかし彼自身は、知っていた。

 痛み自身が、教えてくれたからだ。



 痛みの隙間に目をこらえると、灰色に凝固した脳細胞の向こう、メスで裂いた切れ目から、生まれたばかりの赤ん坊が見えた。

 赤ん坊を手術台に乗せ、難しい表情で覗き込んでいるのは、一人の老人だ。途方も無く年老い、小柄だががっしりした体の表面は、 乾いた泥のように罅割れている。手術台を照らす強烈なライトが逆光になり、 影になったその顔は、どこかちぐはぐに歪み、部品の足りないロボットのように見える。

 薄暗い部屋の中、たった一人で赤ん坊に麻酔を打ち、頭蓋を開き、脳味噌にメスを入れていきながら、老人はブツブツ呟く。

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