タキオは頷き、目を眇めた。いつの間にか、遠くルツの背後に、駅が見えていた。改札も券売機も人間もいない、 低いプラットホームに壊れかけたベンチが一つあるきりの、小さな駅が。

「あんたの旧姓は、つまり親父さんの姓は、ネリダって言うんだろ」

 そうだけど、とルツは答えた。

「突然どうしたの。私、旧姓なんてあなたに教えたっけ?」

 タキオが黙っていると、ルツは怒ったように鼻息を荒くし、駅に向かって歩き出した。

「自分の足で歩いているのなら、歩みを止めることだって、出来るはずだわ」

 然り、然り。
 菫色の瞳をした女の声は、静かに、冷え切った金属に染み渡る。

「ねえ。まさか気づいていないわけは無いと思うけど、ロミは、本当にあなたのことが、大好きよ」

 熱く深い息を吐き、タキオは青空を見上げた。

 これからさらに、寒さの厳しいアンブルへ向かうことになる。そして、レインを救出する。 予定にはなかった危険と時間の消費だが、そんなことは今更だ。
 単純に、目の前で困っている子供を見捨てるのが、嫌だ。しかし、それ以上の理由もある。 あの漆黒の瞳は、金色の炎をも飲み込み、彼女に笑顔をもたらす。だから、必要なのだ。

 俺が、彼女の側からいなくなった後も。

「俺はもう、行くと決めたからな」

 そう呟くと、白い息と柔らかな葉の香りの向こうで、駅の姿が揺らいだ。ルツが振り返り、こちらを見つめた。 永遠に来ない筈の列車が、彼女の後ろで蒸気を吐く。高く鋭いその音は、タキオの頭の中でいつまでも鳴り響いた。

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