雪の向こうに、巨大な牢獄か寺院を思わせる城の影が、辛うじて見えた。 宝珠型の屋根や尖塔、数々の石像が交じり合い、今にも崩れそうな石壁がそそり立つ、不気味な城。 庭園の中央にある池と水路に水はなく、幾体ものガーゴイル像は虚しく雪に埋もれている。 規則的に並んだ菩提樹も、その下の芝生も、全ては雪の下に消失している。

 あの城の窓の何処からか、コンが外を見ていたとしても、こちらの姿は雪に掻き消される。
 ミトは天を仰ぎ、雪の結晶が積もった睫毛を閉じた。 己の血を濃く継いだ我が子の面差し、同じ蒼色の瞳、そしてたった今交わしてきた会話を、思い出した。

『僕は不思議で仕方ないんです。同じグールなのに、血を分けた親子なのに、何故あなたはこんなにも理解し難い存在なのか』

 それは、同胞の誰もが疑問に思いながらも、口には出さぬこと。禁じられた問い。それを彼は、父子と言う大義名分を掲げ、尋ねてくる。 全く、そんな相手に、イオキと同じような愛情を注げと言うのだから、人間とは不可解だ。

 何故父子なのに、一人はこうまで他人としか思えぬのか。
 何故父子なのに、一人はこうまで狂おしく愛しいのか。

 ミトが瞳を開くのと同時に、一際強い風が雪を掻き乱し、世界を眩暈に陥れる。

 涙は流れない。七十年以上も生きてきて、今更、堪えられぬものなどない。 しかし、今そこにイオキがいるなら、例え吹雪の向こうでも、この耐え切れぬ程の想いが、一面の雪さえ溶かすだろう。 そしてあの子を抱きしめるだろう。もう二度と分かたれないよう、深く、強く。 あの子の声を聞き、顔を見ることさえ叶うなら、もう他に何も聞こえず見えなくなっても、構わない。

 ミトは白くなった唇を強く結び、息を止めた。
 かつてこの吹雪の如き愛情が、別の人物に注がれていた日があったなど、今では夢のようだ。

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