目覚めよと呼ぶ声が聞こえ、レインは目を覚ました。

 嫌な匂いがした。清潔だが、不穏な匂い。『人間農場』の四角い建物や、メグロ邸の手術室にも、漂っていた匂い。 薬品と金属と冷血の混ざり合った、レインの大嫌いな、匂いだ。

 鼻に皺を寄せようとして、レインはそれが出来ないことに気がついた。鼻腔を手で塞ごうとすると、 こちらもぴくりとも動かない。 辛うじて目だけは動くものの、見える物ときたら、無味乾燥な天井しかない。まるで、石膏の水槽の中で、仰向けになっているようだ。

 鼓動と記憶にパニックの波が押し寄せるのを、ぼう、と眺めていると、不明瞭な音声と共に、見知らぬ人物の顔が視界に入った。

「おや、噂をすれば何とやら」

 白衣を着た女だった。痩せて背が高く、頬骨がくっきりと出ている。皮膚は黒い。 細かく三つ編みにした髪を背中に垂らし、眼鏡をかけ、口には煙草を咥えている。

「ニィナ、起きたぞ」

 レインが鼻息で煙草の煙を押しやろうとしていると、もう一人、今度は金髪を豪華に巻いた女が現れた。

 美人だが、手の込んだ髪型と言い、女優ばりの化粧と言い、全体的に嘘臭さの漂う女だ。軍服風のゆったりとしたマントを、 体の線を隠すように羽織っている。身じろぎする度に、華やかな香水の香りが漂う。
 明らかに作り物と分かる長い睫毛の下から、黒い瞳がこちらを見下ろすと、真っ赤な唇がうねった。

「おはよう、坊や。気分は如何?」

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