交差点の向こうを、猫を思わせる敏捷な姿が、駆け抜けていった。

 子供のように澄んだ瞳、きりりと結ばれた口元。いつも真っ直ぐに前を見つめていた、横顔。

 顔見知りだ、と気づいた時には、すでに雑踏の向こうに消えていた。しかし彼女は気にせず、歩き続けた。
 顔見知りだからと言って、声をかける気は毛頭無く、歩く速度を緩めることも、顎の角度を変えることすら、しない。 彼女にとって、彼は、精々その程度の存在しかなかった。

 彼女にとって価値ある存在は、いつ如何なる時も、ほんの一握りしかいないのだ。

 街中に放たれた雪豹のような優雅さで、キリエは群集賑わう通りを、目的地に向かって進んだ。 やがて、裸の街路樹も明るく、歩道のタイルも清潔に開けた通りの先に、目指す建物が見えてくる。

 彼女が立ち止まったのは、『ワルハラ日報第二都市支社』の看板を掲げた、雑居ビルの前だった。 三階建ての建物は古く、藻色の石の表面は、煤けたような汚れと蔦葉に覆われている。 玄関のガラス扉には「新年のご挨拶」が貼られていたが、一歩入ると、天井高いエントランスと木の階段に、慌しさが反響していた。 キリエは受付に立つ警備員を無視し、新聞や雑誌のポスターが貼られた階段を、軽やかな足取りで上っていった。

--------------------------------------------------
[1006]



/ / top
inserted by FC2 system