「あの、その記事を書いた記者なら、今ここに来ています。彼だったら、知っているかも知れません」

 キリエは相手を見下ろした。まだ二十歳にもなっていないような、見習い記者風の、若い女だった。 「それでは案内をお願いします」とキリエは静かに彼女に言った。

 記者見習いは、小走りに部屋を出ると、さらに上の階へキリエを連れて行った。三階は二階と雰囲気が違い、階段を上がった所に、 ソファと雑誌を置いた待合所のような空間があり、その奥に、立派なノブのついた扉があった。

「ちょっとここで待っててもらえますか」

 記者見習いに言われ、キリエは安物のソファに腰を下ろした。記者見習いは、奥の部屋に消えていった。

 するとすぐ、奥の部屋から、中年男性の怒鳴り声が聞こえてきた。

「だから、また半年前のような大騒ぎになったら、今度こそ思想犯として逮捕されてもおかしくない、と言っているんだ!」

 負けじと、青年が声を張り上げる。

「国家権力に屈して、言論の自由を捨てろと言うんですか!」

 彼らのやり取りを耳にしながら、キリエはいかにも興味なさ気な表情で、側にあった雑誌を手に取った。

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