足早に新聞社を出ると、キリエは来た道を引き返した。テクラを見かけた場所を通り過ぎ、表通りから裏路地に入る。 道端に、一台の車が駐車してあった。どこでも見かける四人乗り乗用車の助手席に、キリエは乗り込んだ。

 扉を閉めると、可愛らしい紙コップに入ったコーヒーが、横から差し出された。

「お疲れ様」

 そう言って、運転席からミトは微笑んだ。

 「ありがとうございます」と礼を言い、象牙の彫刻のような手から、キリエは湯気立つコーヒーを受け取った。 コーヒーを一口飲むと、心地好い苦味が舌に広がる。 ヒーターの温もりと車内の清潔な香り、そして、ミトの穏やかな海色の瞳が、皮膚を覆った冷気の膜を、溶かしていく。

 キリエがコーヒーに口をつけたのを見ると、ミトはシートベルトを締め、車を発進させた。

 黒いカシミヤのセーターにキャメルのポロコートを着たミトが、ハンドルを握る様は、まるで人間だった。 運転も、手馴れている。横顔は美しいが、とても、人間の血肉を喰らう化け物には見えない。

「記事を書いた記者に直接話を聞きましたが、収穫はありませんでした」

 キリエが報告すると、ハンドルを切りながら、ミトは微笑んだ。

「そう…… 時にマスコミは、我々でも調べ上げられないような情報を、掴んでいることがあるからね。もしかしたら、 と思ったのだけれど」

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