しかしその藁も、果敢なく流されかけている。そのことに対して、ミトは諦観の笑みを浮かべ、 キリエは沈黙することしか、出来ない。

 二人とも、それぞれ人目を奪う美しさは相変わらずであったが、その表情にはやはり、幾らかの翳りが見えてきていた。

 特にミトの憔悴は、長年仕えてきた彼女からすると、驚かんばかりだった。本当に僅かな頬の痩せ、皮膚の彩度の低下ではあるが、 彼の驚異的な体力と精神力を鑑みれば、信じ難いことだ。
 そして、正面から見つめずとも分かる。あの海色の瞳が、今までになく、生命抱く輝きを失いつつあることを。

 ミトにとってイオキがどれほど大きな存在であることか。
 一介の使用人に過ぎないキリエには、想像もつかない。

「ここだね。例の少年が身を寄せていた家は」

 十分ほど運転した後、ミトはそう呟いて、車を路肩に停めた。

 低い川を中心とした、閑静な住宅街だった。近くの公園で子供が上げているのか、色鮮やかな凧が、青空に舞っている。 野良猫が気持ち良さそうに庭先で日向ぼっこし、鉢植えのシクラメンがそよ風に揺れている。

 ミトの視線を受けてキリエは頷くと、一人、車から出た。目指す家はすぐ見つかった。屋上に半円形の透明なドームを持つ、 二階建ての小さな家だった。呼び鈴を押すと、すぐに玄関が開いた。

「はい、どちら様?」

 いかにも母親らしい雰囲気の、菫色の瞳をした女だ。

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