キリエは振り向いた。

 何の変哲もない日常の会話を続けながら、親子は扉の向こうへ消えていこうとする。


 ――私もかつては、毎日交わしていた。あの方と、何気ない日々の会話を。ああして手を繋ぎ、無邪気に笑うあの方を、 いつも傍で見ていた。


「イオキ様は、此処に居るのですか」

 キリエは静かに尋ねた。己も知らない間に漏れ出た、岩間に漂う冷気のような声だった。

 扉は閉まる寸前で止まった。内側から、目を丸くしたルツが顔を出した。

「あなた…… ひょっとして、イオキの保護者の方?」

 キリエは頷いた。

 ああ、とルツの顔に笑みが花開く。その笑顔を見た瞬間、彼女は相手を押しのけ、家の中へ入っていきたい衝動に、駆られた。

 だがその衝動は押さえつける間もなく、あっという間に萎んだ。
 ルツの表情が曇るのと一緒に。

「ごめんなさい」

 とルツは目を伏せ、言った。

「あの子はもう、此処には居ないんです」

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