死ね、死ね、死ね、とユーリは喚く。そうしてイオキを、激しく揺れるボートから、海へ突き落とそうとする。

 イオキの顔が、歪んだ。人を喰らう寸前のように。或いは、泣き出しそうに。

 いずれにせよ、ユーリはそれを、視界から遮った。片手を離し、思いきりイオキの顔を張った。張り倒され、 よろめくイオキを、さらに正面から突き飛ばした。

 か細い悲鳴を上げ、イオキは後ろ向きに、海へ落ちた。

 どぼん、と小さな水飛沫が上がるのと同時に、ユーリはへたり込んだ。今にも転覆せんばかりに揺れるボートの上に、 これ以上立っていられなかったし、イオキを突き落としたのと同時に、腰から力が抜けてしまった。 ボートの縁に掴まり、茫然とした表情で、ユーリはイオキの落ちた場所を見つめた。

 白い枝のような腕が、何回か、海面に浮き沈みした。一度だけ、イオキの頭が見えたが、またすぐに消えてしまった。

 やがて飛沫は止み、泡は消え、海面は元の平静に戻った。

 己の心臓が、気味の悪い音と速度で脈打つのを聞きながら、ユーリはいつまでも、イオキの消えた海面を見つめていた。



 ――あの瞬間を覚えている限り、ユーリがタニヤに「好きだ」と伝えることは、永遠にないだろう。



 ――――いくら後悔したところで、泣いたところで、もう何もかも、遅いのだ!

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