ユーリは乱暴に目をこすり、涙を拭い去ると、その手で、優しくタニヤの頬を拭った。拍子に、 彼女の髪から、白い花が落ちたことに気がついた。地面から抱き上げた時に、ついたのだろう。 ユーリはそれを拾い、彼女の耳の上に差した。

 白い花を耳の上に飾ったタニヤは、春の祭典に選ばれた、浜辺で一番美しい乙女のようだった。

 花を差しながら、どうか、彼女に相応しい優しい人物が現れますよう、幸福な未来が訪れますよう、祈った。

 それから、タニヤを再び背に負った。
 立ち上がると、ムカデに刺された足首が、飛び上がるように痛んだ。間違いなく、毒が回り始めている。 やがて歩けなくなる前に、彼女を病院に連れて行かなくてはならない。

 後は、野となれ山となれだ。どうせ自分に待っているのは、いつ死んでも構わないような、最低最悪な未来なのだから。 あの男の言葉通りになってしまったことは腹立たしくてならないが、しかし、百万を工面し、さらにタニヤの国外逃亡をカトリに頼むには、 こうするしかなかった。


 耳元で、タニヤが、ありがとう、と囁くのを、聞いた気がした。


 タニヤを背負ったユーリは、大きく深呼吸して足首の痛みを堪え、前を睨み、一歩、歩き出した。

 タニヤが普通の少女としてワルハラで暮らす未来へ。

 そして自分は、エイト・フィールドが一つ、人身売買専門組織『蟻』の一員となり、 死ぬまで働く、という、未来へ、向かって。

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