ザネリは無視しようとした。 が、そこで不意に、まさしく魔が差したと言うべきか、気まぐれが頭をもたげた。
 ザネリはコートのポケットに手を突っ込み、小銭を取り出した。

「ありがとう」

 と小銭を受け取り、子供は白い歯を見せた。そしてわざわざ、数珠をザネリの手首につけてくれた。黒い木のビーズを連ねた数珠は、 スーツから伸びる彼の手首に、不恰好にぶら下がった。

 数珠をつけた手首を翻し、ザネリは席を立った。次の瞬間には、数珠のことも親子のことも、頭から消え去っていた。

 イオキを追い、彼は、前方車両へ歩き出した。

 賑やかな食堂車を通過し、閑静な一等車を通過した。前から二両目の車両は、楽団が陣取っていた。 一見すると薄汚れた肉体労働者の群れのようだったが、特徴的な楽器のケースを持っているので、それと知れた。 居眠りとトランプに興じる彼らの間を縫い、先頭車両との連結部で、立ち止まった。二枚の扉を隔て、 向こうの様子が見えた。

 果たして彼らは、先頭車両にいた。向かい合わせの席に、四人で座っていた。

 そのことを確認したザネリは、来た道を引き返し始めた。

 よりにもよって端の車両に座ってくれるとは、好都合だ。用足しなり食事なり、彼らが席を立つとしたら、 必ず食堂車の前まで来ることになる。最も近い洗面室が、一等車と食堂車の間にあるのだから。

 一等車を抜けたザネリは、食堂車に入った。葡萄酒のグラスを頼み、他の客に混じって、窓際の高いテーブルに肘をついた。

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