だがそのうち、脂汗が出てきた。

 列車の振動が空っぽの胃袋を揺さぶり、まるで、地獄の釜に入れられ、回されているような気分になってきた。 列車に飛び乗った興奮は、あっという間に萎んでいき、やがてイオキは、すっかり静かになってしまった。

 青い顔でぐったりしているのを見て、ロミが声をかけてきた。

「酔っちゃった? ひどい揺れだもんね。飴、舐める?」

そう言って、市場で買ったばかりの薄荷飴を手に乗せ、差し出してくる。 が、イオキは首を振った。ロミの手と薄荷飴から、上半身ごと顔を背けるようにして、しばらく無言でいたが、 やおら立ち上がると、頭のスカーフを丸めて握り、車両後部に向け歩き出した。

 何処行くの? と、追ってこようとするロミに、心の中で、「放っといて」と呟く。

 幸いタキオが、トイレだろ、と声をかけてくれたので、ロミは心配そうな顔をしつつも、ついてこなかった。

 人々の間をすり抜け、何とか洗面所に駆け込んだ。窓が一つしかない洗面所は、気を失いそうになる程暑い。 芳香剤の香りばかりきつく、お世辞にも清潔とは言い難い個室に入ると、途端に吐き気がこみ上げてきた。

 イオキは震える手で、口元を押さえていたスカーフを毟り取ると、便器を抱えるようにしてしゃがみ込んだ。


 次の瞬間、大量の血と涎とが、大きな音を立て、便器に滴り落ちた。

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