新鮮な血肉が、イオキの舌に絡み、喉を滑り落ちていく。大きな音を立てると洗面所に入ってきた者に気づかれてしまう、 と分かっていながらも、骨を砕く音を、止めることが出来ない。

 ほとんど忘我の境地で、イオキは、何日かぶりの新鮮な人肉を、貪った。

 ほんの僅かな「おやつ」であったが、ぞの効能は、絶大だった。理性や感情が頭蓋もろとも爆発し、霧散するような、 死にも近いような恍惚。そんな、目くるめくひとときが過ぎると、白い幕をゆっくり捲るようにして、先よりずっと安定した精神が、 顔を覗かせてきた。

 血塗れの指を唇から離すと、深い溜め息をつき、イオキは背後の扉に凭れかかった。

 便器はまるで、屠殺台のような有様だった。 便器の底の真っ赤な水溜りに沈んだ肉片を眺めていると、様々な感情が、沸々と胸に浮かんできた。

 先刻、心の中でロミに「放っといて」と言い放ったことが、ひどく気にかかった。

 それは、ロミに対する罪悪感だ。己が、彼女の敵である人喰鬼である、と言う罪悪感。それを隠して彼女の側にいること、 彼女の親切を受け取っていること。
 しかし同時に、親切の裏にある、己への疑い。疑いから来る、埋めようのない隔たり。


『僕たちは、そういう風に出来ているんだ』


 と言うミトの言葉が、鉄条網が絡みついてくるような痛みを、鈍らせてくれる。

 しかしそれでも、人喰鬼を憎み殺そうとするロミへの、罪悪感や悲しみ、そして嫌悪や抵抗が、消えるわけではない。

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