あまりにも愚かな質問だと、分かっていた。

 人喰鬼の餌として生まれ、檻の中で育てられた彼は、あそこで『人間農場』から逃げていなければ、殺されていた。 望むと望まざるとに関わらず、死ぬか、鉄条網の外に出て行くか、その二つしか選択肢はなかった。

 そうして鉄条網を越えた先が、彼にとって決して優しい世界でなかったことを、イオキは、ルツやロミの言葉の端々から、知っている。

 檻から出ても、レインが、人間になったとは言い難かった。迷子の羊のように、人間たちの間を彷徨い歩き、挙句、 アンブル秘密警察に捕まってしまった。辛くもタキオによって助けられたが、間に合わなければ、きっと、そのまま死んでいた。

 そういう風に彼を追い詰めたのは、誰だ。
 何も知らずに『人間農場』の家畜を喰らって育ち、彼の左手を喰い千切ったのは、誰だ。

 彼をそんな風にしか生きられなくした張本人が、「『人間農場』から出て良かった?」などと、尋ねるのか。


 しかし、尋ねずにはいられなかった。

 漆黒の瞳を見つめていると、固く絡み合った森の木々が解け、奥に閉ざされていたものが、溢れてきてしまう。 唇が、動いてしまう。

「……僕ね、本当に溺れたこと、あるよ」

 何も言わないレインに、イオキは呟いた。

「海の真ん中で、ボートから落ちたんだよ」

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