ゆっくりとイオキは、レインの肩に顔を伏せた。

 そのまま二人は長いこと、黙って立っていた。洗面所に入ってきた何人かが、砂の中に立ち尽くす二人に、目をやった。

 やがて、真っ赤に泣き腫らした顔を、イオキは上げた。レインから離れ、幼児のような手つきで、顔を拭った。 泣き止んだと見て、レインが砂の山から足を踏み出した。イオキは躊躇った。 泣いて気持ちは落ち着いたが、まだロミたちの所へ戻る気分ではない。その場から動かず、鼻を啜った。

 するとレインはこちらを振り向き、先頭車両の方でなく、反対の食堂車を指差した。

 飽きもせず、愉快な音楽が鳴り続けている。人々が歌い、足を踏み鳴らしているのが聞こえる。

『楽しい方へ行こう』

 と言うように、楽の音に合わせ、レインの頭が揺れた。

 イオキは笑った。砂の山から足を踏み出すと、レインが、こちらの手を取ってくれた。

 涙によって枝葉が和らぎ、森の奥に光が入ったと思えたのも、一瞬だ。 外気に晒された生傷を守らんと、笑顔の裏で、木々は再び固く閉ざしていく。再び何も見えなくなる前に、 何も聞こえなくなる前に、行きたい方向を決めなくてはならない。血の流れない冷たい手が、それを導いてくれる。

 二人の背後で、奇妙な気配がした。
 しかし窓に背を向け、愉快な音楽に向かって歩き出した二人は、気がつかなかった。

 列車の走行音と楽の音に紛れ、天井から大きな物音がしたことに。 そして、砂の滝が降りしきる窓に、真っ赤な血飛沫が一瞬散り、砂に混じって消えたことに。

--------------------------------------------------
[1278]



/ / top
inserted by FC2 system