同時に、青空に、今まで自分が殺してきた、数えきれないほどの人たちの顔が、浮かぶ。アンダー・トレイン時代にパンを盗むため殺した人間。 ザネリの仕事を手伝う過程で殺した人間。レッドペッパーの任務で殺した人間。
 どの顔もはっきりとは思い出せないが、そこに現れるエナの顔が、己の罪を、全て代弁しているように思う。 死んだ当人は勿論、後に残された人たちにとっても取り返しのつかない、許されざる罪であった、と。

 しかしそれでも生き続けたテクラに与えられたのは、仲間だった。軍の同僚たちだった。トマと、グレオと、ヒヨだった。 彼らとの、何物にも代え難い時間だった。彼らと共に笑い、キリエの美しさに心打たれた、ひとときだった。

 希望を守る為に、人を殺せ。殺される前に殺し、奪われる前に奪え。蓋を閉め、箱ごと失ってしまわないように、しっかりそれを守れ。
 そう言うザネリの詭弁は、実現された。

 ザネリがあの時そう言って助けてくれたから、テクラは、トマやグレオやヒヨとの、幸せな時間を手に入れることが出来たのだ。

 ヒヨさんと仲直り出来なかったことだけが心残りだけど―― と、テクラは、青空に向かって微笑む。 しかしきっと彼女も、己がこうしてザネリと決着をつけたことを知れば、許してくれるだろう。少なくとも、認めてくれるだろう。 立派な、レッドペッパーの一員だ、と。


 列車の振動と血の滑りで、少しずつ、体が滑っていくのを感じる。ザネリが落ちたのと同じ方へ。彼らが行くのに相応しい奈落へ。

 怖くはない。嬉しくも、悲しくもない。ただ、終わった、という解放感が、血も酸素も出し尽くした体を、満たす。

 テクラは目を閉じた。

 そしてもう二度と開くことのないまま、ゆっくりと、列車の上から落ちていった。

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