人喰鬼の女王は、ゆっくりと小さな手を挙げ、ミトの頭に置いた。拍子に髪が流れ、膨らんだ下腹部が見えた。

「私の召命に、こんなに遅れてきた男はいない」

 蕾のような唇を開くと、背筋を撫でるような囁きが流れる。

「上の海が荒れていて、船が出せなかったんだ」

 ごく自然に、ミトの口から、嘘がついて出た。決して逆らえない、偽証出来ないはずの母親に。

 召命があって、もう一か月以上が経つ。それだけ長く女王を待たせるのは、彼の父親や兄弟、先祖たちを含め、 異例の出来事だった。
 彼は女王の召命を受け、ワルハラの地を発ったが――
 飛行機が飛び立つ直前、レッドペッパーと直接会話したのが、もう先の季節の終わり頃になる――
 その後も、女王の元へ向かう道中、未練がましくイオキを探し続けた。女王への謁見を済ませるのが先だ、と分かっていても、 この曲がり角の先に、一本道を隔てた向こうに、イオキがいるかも知れないと思うと、足を止めずにいられなかった。

 ユーラクでムジカに代わり統治を行っていた間は、己を制することが出来たと言うのに。

 己の行動の奇矯さを、勿論ミトは自覚している。その理由も。

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