解放されたミトは、頭に響く声に命じられるまま、人間の為に働き始め、先ずは当時のワルハラ領主ゴートを殺した。

 ゴートは、グールの見本とでも言うべき男だった。自分本位の政治を敷き、手当たり次第に人間を喰らい、 その残骸を『五百の城』の尖塔に突き刺して飾った。ミトの保護者であったが、彼に住居と何人かの召使を与えたきり、 放置した。人間の中にも抵抗する者がいること、特に反グール主義テロリストと呼ばれる者たちが危険である、 と言うことすら教えなかった――
 だからこそミトは『東方三賢人』に捕まってしまったのだが――
 しかしそれは、殊更ゴートが非情なグールであった、と言うわけではない。多少怠惰な向きはあったが、 ゴートは平凡な人喰鬼だった。ミトとの間に家族の絆めいた物を育まなかったのも、それはグールにとって自然なことだったし、 ミトもそのことを不満に思ったことはなかった。

 言ってしまえば、ゴートは、人喰鬼として何の欠陥もなかった。個人的な恨みもなかった。 ただ、人間に害を与える存在だから、殺した。まさか同族に殺されるなど夢に思わないゴートを殺すのは、簡単だった。 そして、ゴートが統治していた現在のワルハラの北半分と、 ミトが統治する為に空けられていた南半分を統合し、一国として、その領主に収まった。

 それからは、ひたすらに勉強、挑戦、失敗と成功の日々だった。
 ミトは元来、読書が好きだったが、表面上の知識を吸収するばかりで、その奥にある人間の姿を見ようとしたことは無かった。 領主になってからは、何千冊と言う本から人間の姿を汲み取り、理解することに努めた。人間にとって何が幸福なのか。 何が正しいのか。どうすれば彼らに満足してもらえるのか。

 そうして彼は、『人間農場』を生み出した。ワルハラの景色を生まれ変わらせた。数多くの人間を味方につけ、 聖人君子と讃えられるまでになった。

 人間と言う家畜の支配者であると同時に、人間と言う王の囚人に、成り果てた。

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