ミトは優しく微笑むと、今にも泣きそうなモギの額から、前髪をかき上げた。この子も普通の人喰鬼とは少し違っている、と思った。 突然変異の雌性だからか。
 可愛らしい額に唇を触れると、驚いた顔をしてこちらを見た。この仕草も、人間から学んだものだ。親愛の印。モギに言っても、 分からないだろう。

 本能のままに伸びやかに、何一つ不足なく何一つ恐れなく生きる人喰鬼。 しばしば良心に悩まされ、己の生き方や存在に疑問を投げかける人間。

 今や己の目には、そのどちらも同じくらい、美しく、尊く、羨ましく映るのだと。

『他の仲間にも、僕のように生きて欲しいと願っているわけではない。人喰鬼と言う種を根絶しようと思っているわけでもない。 ただ、僕の生き方を黙認して欲しい。そうして出来れば、少しだけ、人間に哀れみをかけてやって欲しい』

 彼の胸の内は、モギを通して仲間たちに伝えられ、彼らはそれを承認した。せざるを得なかった。 ミトはもはや彼らの手の届く場所に居らず、その超然とした雰囲気は、畏れと哀れみを誘った。 所詮は人間の仕業、いつか洗脳が解けるかも知れない、と言う淡い期待もあった。


 こうしてミトは、現在の地位を、手に入れた。当時の仲間たちは女王に召命されて順に死んでいき、 彼らの子供たちが新たな領主となったが、彼らもミトに手出しはしなかった。ミトも、先達として助言などはしたが、 己の思想に共感してもらおうなどと思ったことはなかった。


 分厚い城壁の内側で、深い海の底で、この呪われた生が潰えるのを、ひたすらに待っていた。

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