あの時、何故彼女がそんな台詞を言ったのか、今のミトならはっきり分かる。


「哀れな人喰鬼。脳を破壊され、人喰鬼にも戻れず、人間にもなれない男。
 あなたはイオキに、自分たちが人喰鬼であると教えず育てた。人喰鬼の本能を押し殺し、イオキまで道連れにして、 人間の父親と息子のようであろうとした」


 女王が言うのを、ミトは痛む頭で聞いた。激痛は一瞬で、もう去った。ただ、殴られたような衝撃が残っている。 残っていて、今この瞬間も、大きくなっている。

 明るいはずの周囲が、暗い。静かなはずの辺りが、猛り狂っている。ここは、時の止まった海の底などではない。 陸地を呑み込み、箱舟すら押し流す、嵐の海だ。

 言うな! と波間に沈むまいと死に物狂いでもがきながら、誰かが叫ぶ。他ならぬミト自身の声だが、それは人喰鬼の咆哮なのか、人間の悲鳴なのか。


 女王の顔に、あの時のような嫌悪はない。軽蔑も哀れみもない。完全な無表情だ。
 そして、長い髪で嵐の海を割り、とうとう触れてくる。隠されてきた海の底に。彼が目を背け続けてきた事実に。


「イオキは雌雄両方の性別を持つ、両性体。雄だけでなく、雌の間にも子供を残せるよう、進化した人喰鬼。 あなたたちの花嫁となり、花婿となり、新たな人喰鬼を産む為に生まれた個体。私に代わる、 新たな人喰鬼の王。

 ミト。あなたは知っていた。イオキがあなたの息子であると同時に娘であり、将来はあなたの花嫁になる存在だと言うことを。 けれどその事実から目を背けた。純粋に父親として愛しているような顔をしていたけれど、 本当は、一匹の雄として、他のグールたちからあの子を独占したいだけだった」

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