静寂が、訪れた。

 原始の蒼に包まれた世界の真ん中で、ミトと女王は、巣の中のつがいのように、音一つ立てず、向かい合っていた。

 どちらも、極めて静かな表情で。


 この空間にミトが足を踏み入れた瞬間から張りつめていた緊張感が、ようやく砕け散った後の、静止の中。 取り返しのつかない、静謐の中。


 気が遠くなっていくような虚無感を胸に、ミトは、彼女を見つめていた瞳を、ゆっくりと閉じた。


 目蓋の裏に浮かぶ彼女の残像にはもう、かつての狂おしい愛は、存在していなかった。
 柔らかな大理石のような皮膚、美しい形の胸、ほっそりした一対の足とその奥、乱れ髪のかかった顔。
 彼をこの世に産み落とした母親で、彼がこの世で唯一結ばれるはずだった花嫁。
 その姿も冠も何一つ変わっていないはずなのに、もはや彼女の声を聞いても、彼女の香りを嗅いでも、ミトには何の感情も湧いてこない。

 ミトだけではない。今、この世界に生きるグールたち。モギ、ヒューゴ、イザヤ、ヨミネ。 両親を同じくする兄弟であるコンも、そしてこれから生まれてくるムジカの子供も。

 彼らの、ルビーの如く輝く七つの心臓を握るのは――
 口移しでこの血肉の全てを捧げたいと言う欲望を、ミトの中に湧き上がらせ、溢れさせ、狂わせるのは――

 恐ろしいまでに深い緑の瞳を持つ、イオキ唯一人だった。

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