「……あなたも、もはや私の物ではないのね」 女が、呟いた。 「あの子もそうだった」 ミトは足を止め、振り向いた。 氾濫する桃色の河の真ん中で、女は重く膨らんだ腹を抱え、飛べない小鳥のように、両腕で体を支えている。 その顔は、髪の奥で伏せられたままだ。 「あの子、泣いたのよ。私を抱いたときに。今まで、そんな男、いなかった。私に喰われるが嫌で、 イオキと結ばれなかったことが無念で、泣いたのよ。吐き気がするほど醜悪な、涙だった。 だから、喰わないで帰したの。あなたと同じように」 今度は、ミトの息が止まっていく番だった。 女は顔を上げると、ミトと目を合わせないまま、歌うように告げた。 「ムジカは生きているわ。砂漠の何処かに身を潜め、イオキとつがえる時を、窺っている」 ミトは凍りついた瞳で、彼女を見つめていた。 やがて彼は、顔を前に戻した。そしてそのまま、青い上着の裾を翻し、無言で去っていく。 かつて、狂おしい恍惚の中でその腕に抱いた女を、独り、暗い深海の底に置いて。 -------------------------------------------------- |