かつての荒れ果てた村の名残は、もうどこにもなかった。

 廃屋の柱一本、残っていない。道に倒れた人の衣服一枚、残っていない。 砂だらけだった地盤は固められ、綺麗に整地されている。ロープで区分けされた場所にオリーブの木が植わり、 その足元にアザミやヤグルマギク、ニワナズナなどが、優しい色合いの花を咲かせている。道の端には、幾つか屋台まで出ている。 唯一変わっていないのは、彼女が家族と共に過ごした丘の形だけだ。

 頂上に、枯れた木が一本だけ立った丘。日々を生き抜くことに精一杯だった村人たちの、憩いの場であった丘。 彼女も休日になると、家族と共に丘に上り、兄と共に凧を揚げた。この、笑いさざめく人々と同じように。

 しかし、違う。何もかも違う。
 私たちは、あんな色鮮やかな凧なんて、持っていなかった。あんな綺麗な服なんて、着ていなかった。
 それに何よりあの人たちは、村の人間ではない。

 明日の希望を求め、国境越えの地下トンネルを掘っていた人たち。 絶望の悪夢の中、領主に喰い殺された人たちでは、ない!

 声も出せず立ち尽くすロミの隣で、さしものタキオも戸惑った表情で、屋台の主人に話しかけた。

「お客さん、観光かい? そう、ここは政府の緑化推進指定地の一つさ。企業と協力して、ほら、オリーブ畑にする予定なのさ」

 屋台の主人は、袋に入ったサクランボを子供たちに配りながら、陽気に答えた。

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