「オリーブ畑として完成するのはまだまだ先だが、作業員たちの口から、この辺りは良い風が吹くって評判になってね。 週末になると子供が凧を揚げに来るようになって、今じゃすっかり、公園も同然の賑わいさ。俺もこうしてここに来て、 稼がせてもらっている」

 そう言って主人が、金色がかった小さなサクランボを差し出すと、すかさずレインが受け取る。

「全てはミト様のおかげだ。全く、同じ人喰鬼でも、雲泥の差さ。ムジカの統治時代は地獄だったが、ミト様になら、 ずっと統治して頂きたいよ。あんたもそう思うだろ?」

 主人の同意を求める問いに答えず、タキオは尋ねた。

「一年程前、ここに村があったはずなんだが」

 代金を受け取りながら、主人は事もなげに答えた。

「そうなのかい? まあ、ムジカの統治時代には、小さな村が幾つも消えたからな。その中の一つがここにあったのかも知れない。 しかし、いつまでも過去を引き摺っていたら、未来には進めない。そうだろう? ようやくこうして、 本物の春が訪れたってのに、いつまでも冬ばかり見つめてちゃいけないよ」

 俺も女房を殺されたんだけどね、子供の為にも、泣いてばかりじゃいられないさ。 と、屋台の主人は言った。

 レインの差し出したサクランボを無視し、ロミは夢遊病者のような足取りで、賑わいの中を歩き出した。

 何処まで行っても、明るい笑い声がある。心地良い風が吹いている。その中を歩く彼女に、誰も、特別目を留めたりしない。 彼女が、かつてここにあった村の、ただ一人の生き残りであることを知らない。

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