育成途中のオリーブ畑の間を進み、やがて、ようやく子供たちの笑い声が聞こえない場所まで来た。 ひっそりと静まり返ったその場所で、ロミは立ち止まった。

 オリーブ畑も終わり、そこから先は、まっさらな砂地だった。風は一際荒々しくなり、これではもう、良い風とは言えない。 大きく巻き上げられた砂埃の遥か向うには、うっすらと、国境警備隊の建物が見える。 ロミはスカーフを抑え、目を眇めていたが、やがて、もっと手前に視線を移した。

 一人の女が、砂埃の中、こちらに背を向け、跪いていた。彼女の前には、埋められた井戸がある。一見しては分からぬが、 ロミは勿論知っている。その底に、父親が村人と協力して掘り進めていた、国境を越えるための地下トンネルがあることを。

 長いこと、女は跪き両手を組んだまま、身じろぎ一つしなかった。しかし、やがて立ち上がり、こちらを振り向いた。

 景色にそぐわぬ、葡萄色のスーツを着ている。形の良い額を出して髪をすっきりと一つにまとめ、その上から、 クリーム色のスカーフをかぶっている。 地味だが仕立ての良いスーツに比べ、スカーフは、質自体は良さそうだが、長く使っているのか、くたびれている。

 意志が強そうにも脆そうにも見える睫毛が、揺れた。
 彼女がもう一度瞬くより前に、ロミは尋ねた。

「何故祈っていたの?」

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