「あなた、ムジカと一緒にいた」

 と、深い井戸からこだまするような声で、ロミは言った。

 女は動かない。肯定も否定もしない。ただ、時が止まったような伏し目の瞳で、こちらを見つめるだけだ。

 その瞳が、記憶の中のものと重なっていくのと同時に、蒼白に凝固していく表情で、ロミは叫んだ。

「あなた、ムジカの隣にいた!」

 全て、忘れるわけがない。

 惨劇の、一瞬一瞬。細部の一つ一つ。母親の金切声。その腕で揺れる赤ん坊。絶望に彩られた父親の顔。井戸の中からこちらを見上げて笑った、兄の歯の白さ。
 もう見たくない、とどれほど叫んだことか。何度、悪夢にうなされ、汗と涙だらけで目覚めたことか。

 家族を救おうと駆け寄ってきた母親は、顔面に銃弾を受けて倒れた。赤ん坊はその腕から地面へ落ちた。 井戸から引きずり出された父親は、子供たちの命乞いをしながら、頭を握り潰された。兄は生きたまま腹を裂かれた。

 彼らの血で両手を真っ赤に染めた人喰鬼は、琥珀色の瞳を細め、さも愉快そうに笑った。 笑いながら、狂乱して泣き叫ぶロミの両足を引き千切り、喰った。

 その背後に、女はひっそりと佇んでいた。今と同じ、スーツ姿にクリーム色のスカーフを被り、足を真っ直ぐ揃えて立ち、 目を伏せるようにして。

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